株式会社三越伊勢丹
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インドからの訪日観光客は、2024年に23万3,000人(JNTO年間推計値)を記録し、旅行消費額も563億円と、訪日客数・消費額の両面で過去最高を更新しました。2023年比では約40%増という急激な伸びを見せており、インド市場の勢いは他の主要市場を凌ぐものです。
インド人訪日観光客の大きな特徴は、「高所得・英語堪能・デジタル感度が高い」という点です。訪日旅行が可能な層は概して英語が堪能で、欧米豪市場と同様の観光コンテンツを好む傾向があります。また、インド社会に根差した家族重視の文化や、ヒンドゥー教・イスラム教・ジャイナ教などに基づく多様な食文化・宗教的慣習への対応が、インバウンド受入れの重要課題です。
本コラムでは、JNTO「訪日旅行誘致ハンドブック2025年」やDataReportal「Digital 2024: India」等のデータをもとに、訪日インド人観光客の特徴と効果的なインバウンド集客施策を解説します。
次の表は、訪日インド市場の規模感をつかむための主要指標をまとめたものです。
| 項目 | データ |
|---|---|
| 訪日インド人数(2024年) | 23万3,000人(過去最高) |
| 旅行消費額(2024年) | 563億円(過去最高) |
| 東アジアでの訪問者数順位(2023年) | 第1位(香港・韓国・台湾を上回る) |
| インド人外国旅行者数(2024年) | 3,089万人(前年比14.8%増) |
| インターネット利用率(2024年) | 52.4%(7億5,150万人) |
| SNSアクティブユーザー数(2024年) | 4億6,200万人(総人口の32.2%) |
| 潜在訪日市場規模(JNTO試算) | 3,000万人(中国・韓国・米国に次ぐ第4位) |
出典:JNTO「訪日旅行誘致ハンドブック2025年(東南アジア・南アジア7市場編)」、DataReportal「Digital 2024: India」、訪日ラボ「2024年インド市場インバウンドデータ」
効果的なインバウンド施策を設計するには、まずインド人観光客がどのような価値観や行動様式を持つのかを理解することが欠かせません。ここでは、訪日インド人に共通する6つの特徴と傾向を整理します。
2023年時点でのインド人訪日客の来訪目的は「商用」が52%を占め、「観光」は27%にとどまっていました。しかし2024年4~6月期には観光目的が約5割を占めるまでに拡大し、訪日インド人市場が「ビジネス渡航中心」から「観光・レジャー中心」へと構造的に転換しつつあることを示しています。
この背景の転換として、2024年から開始されたJAPAN eVISA(電子査証)によるビザ申請手続きの簡素化、桜シーズンへの高い需要、そしてインド全土での旅行ブームの広がりが挙げられます。2024年は従来の閑散期とされた7~9月にも、200~500人規模のインセンティブ旅行が複数催行されるなど、通年型の観光市場として定着しつつあります。
訪日旅行が可能な層はインド国内では高所得・高学歴層が中心です。インドの旅券保有者は約9,600万人(2024年2月時点)で、総人口14億人のうちの約7%に限られます。この層は英語が堪能で、国際メディアや欧米豪市場で人気のコンテンツへの親和性が高く、欧米人旅行者と同様の観光コンテンツ(雄大な自然、伝統文化体験、日本食文化など)を好む傾向があります。
訪日インド人の1人当たり消費額(2024年~6月期)は26万円超と高水準で、旅行単価の高さがこの市場の魅力を高めています。
インド社会では家族を最優先に考える文化が強く、外国旅行にもその姿勢が反映されます。祖父母から孫まで含む大所帯(4~10人以上)での旅行が一般的で、ホテルの客室数・広さ、ファミリー向けアクティビティ、子ども連れで楽しめる施設への需要が高い市場です。
旅行の繁忙期は、学校が長期休暇に入る4~6月(春休み・夏休み)と、ヒンドゥー教の新年・ディワリにあたる10~11月(年により異なる)の年2回です。特に桜シーズンとディワリ明けの秋の誘客は効果的です。
初訪日の割合が6割超を占め、直行便がデリー・ムンバイ・ベンガルール発着に限られることから、現在は「東京→箱根(富士山)→京都→大阪→広島」のゴールデンルートが定番となっています。
広島が旅程に組み込まれる理由として特筆すべきは、インドが核保有国であることを背景とした核問題への高い関心と、学校教育で「ヒロシマ・ナガサキ」を学習していること、そして宗教観に根差した平和主義への共鳴があります。また、コロナ禍後には立山黒部アルペンルート(富山・長野)の人気が急上昇しており、新幹線でアクセスできる点と雄大な自然景観が評価されています。
インド市場の最大の受入課題は、食文化と宗教的慣習への対応です。インド人訪日客の宗教は主にヒンドゥー教(約80%)、イスラム教(約14%)、ジャイナ教などで構成され、食のタブーが複雑に重なります。
【ヒンドゥー教の食制限】
【イスラム教の食制限(ハラール)】
日本の精進料理(ヴィーガン対応)や、英語でベジタリアン対応を明示したメニューの整備が、インド人旅行者の満足度向上に直結します。
近年、インドでは「ドラえもん」「NARUTO」「ワンピース」などの日本アニメがヒンディー語吹替版コンテンツを大幅に拡充したことで、インドの若年層・中間層に「日本」が日常のエンターテインメントとして定着しつつあります。JNTOデリー事務所も映画祭・旅行博でのブース出展を通じ、アニメ・映画ロケ地としての日本を積極的に訴求しています。
インド人向けのインバウンドマーケティングを展開するうえで、SNSプラットフォームの理解は欠かせません。DataReportal「Digital 2025: India」によると、2025年2月時点でインドのインターネット利用者は人口の約5割、FacebookやInstagramのユーザー数は4億6,000万人以上に達しています。一方、旅券保有者は約9,600万人、外国旅行者は約3,000万人の市場規模であり、SNSによる認知向上は有力な手法である一方、訪日に有力なターゲット層が含まれている比率が低い点は留意が必要です(出典:JNTO「訪日旅行誘致ハンドブック2025年」)。
GWI(Q3 2024)の調査によると、インドの16歳以上のインターネットユーザーが月次で利用するSNSは以下のとおりです。

なお、TikTokはインド政府によりアクセスが遮断されており(2020年~)、日本向けマーケティングの選択肢にはなりません。また、動画メディアはYouTubeが大半を占めていますが、GWI調査の選択肢に含まれていないためグラフには非掲載です。YouTubeの広告リーチはインドで4億6,200万人(DataReportal)と最大規模であり、旅行前の情報収集・動画検索における重要チャネルとして別途押さえておく必要があります。
インド社会では、信頼できる相手(家族・友人)の口コミが意思決定に強い影響力を持ちます。旅行中の写真をSNSに投稿し、それを見た家族・友人が訪日を検討するという好循環はインド市場でも一般的になってきています。Googleマップや旅行口コミサイト(TripAdvisor等)への英語レビューが次の旅行者を呼ぶ流れも強まっています。
インド系OTA(MakeMyTripなど)は、グローバル系OTA(Expedia・Booking.com等)よりも販売力が高く、インド人旅行者の予約導線として非常に重要です。旅館・ホテル・体験施設はインド系OTAへの掲載最適化も検討すべきでしょう。
JNTOが設定するインド市場の優先ターゲットは、大きく2つに分かれます。それぞれのターゲットに応じた施策を展開することが効果的です。
訪日インド人のほぼ全員が英語で情報収集・コミュニケーションを行います。Webサイトや店頭メニュー、観光案内の英語表記は必須です。加えて、インド市場特有の課題として「ベジタリアン対応」が集客の可否を左右します。
インド人は旅行情報をYouTube・Instagram・ブロガーの体験談などデジタルコンテンツから収集する傾向が強く、訪日経験者の口コミが次の旅行者を呼ぶ好循環が生まれやすい市場です。
JNTOのインド市場戦略では、2つのターゲット層が設定されています。
| ターゲット | 主な訴求コンテンツ | アプローチ |
|---|---|---|
| 30~60代 世帯可処分所得上位50%(250万ルピー/年以上) 家族・親族 | 豊かな自然・風景・庭園、伝統文化・芸能・祭体験、遺跡・街並み、テーマパーク、ブランド品 | ゴールデンルート沿いの子供連れで楽しめるテーマパークや自然・文化体験を訴求。旅行会社・OTA経由のBtoB連携が重要 |
| 20~30代 世帯可処分所得上位50%(250万ルピー/年以上) 夫婦・パートナー、友人・同僚、一人旅行 | アニメ・ポップカルチャー、街並み・現代建築・夜景、カフェ・ローカルフード | YouTube・Instagramで個性的な体験を発信。Crunchyrollのヒンディー語コンテンツ拡充を追い風にアニメ聖地訴求も有効 |
JNTOインド市場戦略でも、「旅行会社向け訪日ミニセミナー」「メディア・インフルエンサー招請」「旅行博出展」が優先施策として位置づけられています。インド市場では旅行会社経由のパッケージツアーが依然として重要な販売チャネルであり、とりわけ50代以上の高所得者層や大型インセンティブツアー(法人)の獲得に効果的です。
また、インドのYoutuberやInstagramerは費用対効果が高く、特に旅行・ライフスタイル・フード系インフルエンサーとの相性が良い市場です。インド人インフルエンサーが日本の体験を英語・ヒンディー語で発信することで、広告よりも高い信頼感をもって情報を届けることができます。
ここまで見てきた特徴と施策を踏まえ、訪日インド人市場が今後どこへ向かうのかを4つの視点から展望します。
JNTOの試算によると、インドの潜在訪日市場は3,000万人と推計されており、これは中国・韓国・米国に次ぐ世界第4位の規模です。現在の訪日客数23万人は、この潜在市場のわずか0.8%にすぎません。日印間の直行便はデリー・ムンバイ・ベンガルール発着に限られており、コルカタ・アーメダバード・チェンナイなど直行便のない都市からの需要は経由便(シンガポール航空・タイ航空等)での取り込みが進んでいます。航空路線の拡充が訪日客数倍増の最大の鍵です。
インド人旅行者が日本で最も困る点の一つが「ベジタリアン対応の食事環境」です。日本の料理はだし(鰹・煮干し)に動物性素材を使うことが多く、見た目がベジタリアン対応でも食べられないケースが多々あります。精進料理・ヴィーガン対応店舗の紹介強化、英語メニューへのアレルゲン・使用食材の明示、ホテルでのベジタリアンオプション整備が、満足度向上とリピーター獲得に直結します。
現在は訪日者が中心のため東京・京都・大阪などのゴールデンルートへの集中が顕著ですが、今後リピーターが増えるにつれ地方分散が期待されます。立山黒部・北海道・九州など、「大自然×伝統文化」の融合コンテンツはインド人高所得者層に高い訴求力を持ちます。また、価格よりも「体験の質」を重視するインド高所得者層向けに、高付加価値コンテンツ(旅館の着付け・茶道体験、農業・漁業体験、プレミアムスキーなど)の造成が有望です。
2024年から開始されたJAPAN eVISAにより、ビザ取得の障壁が大幅に低下しました。今後は、タッチ決済・クレジットカード対応の予約・案内システム導入が受入環境の底上げに重要です。
訪日インド人市場は、世界最高水準の経済成長・急増する高所得者層・日本への高い好感度という三拍子が揃った「次世代の主力インバウンド市場」です。現状の訪日客数23万人は潜在市場(3,000万人)の1%未満であり、まだ開拓の余地が非常に大きい市場と言えます。
マーケティングの核となるのは、①英語対応とベジタリアン対応の徹底、②YoutubeとInstagramを通じたビジュアル発信、③インド系旅行会社・OTAとのB to B連携、④インフルエンサーを活用した口コミ拡散です。アニメ・ポップカルチャーを入口に若年層を取り込みながら、伝統文化・大自然で幅広い年代の心をつかむ多層的な戦略が求められます。
また、食文化・宗教的慣習への細やかな対応は「訪れてみたい」を「また来たい」に変えるリピーター獲得の鍵です。インド市場を「なんとなくアジア向け対応でカバー」するのではなく、独自の文化理解に基づく専門市場として位置づけることで、日本のインバウンドビジネスはさらなる高みへと成長できるでしょう。
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